【ほとんどの人が知らない】フィリピンの独立日ではない【6月12日】

フィリピン文化

本日6月12日は「フィリピンの独立記念日」で祝日になっています。
日本人が義務教育で習う範囲だと、「フィリピンはアメリカの植民地」のイメージが強いですが、この独立記念日、実ははアメリカから独立したことを祝うものではありません。フィリピンはその歴史の中で、スペイン→アメリカ→日本→アメリカと植民地支配を受けていました。

6月12日の独立記念日は「スペインから”独立”した日」のことを言います。

「独立」というよりは支配国が変わった日


その昔、スペインが長らくフィリピンを支配していましたが、スペインとアメリカの間に1898年、米西戦争が起こり、アメリカはフィリピンに対して「アメリカに協力すれば独立を支援する」としてフィリピンを味方につけ、同年6月12日にスペインからの独立を宣言、8月13日にマニラにあったスペイン総督府を陥落させて、戦争に勝利しました。

しかし、その後の「スペインはアメリカに2000万ドルでその所有権を譲渡する」という内容を含んだパリ講和条約が締結され、フィリピンはアメリカ領となります。

この後、当然これに反発したフィリピンとの間で米比戦争が発生。
圧倒的なフィリピン側の死傷者を出し、制圧する形でフィリピンの植民地化が進みました。

戦争に翻弄されるフィリピンの主権

1941年末に太平洋戦争がはじまると、アジア解放を掲げる(石油確保が本音でしょうがここではWW2の是非については取り扱わないことにします。)日本軍がフィリピンに上陸。翌1942年にはアメリカを制圧し、日本が作った傀儡政権と、アメリカのバックが付いたゲリラ組織との間でしばらく闘争が続きます。1943年10月14日、日本政府はフィリピン第二共和国を”独立”させますが、これはうまく機能しませんでした。

戦争が激化する1944年、アメリカ軍がフィリピンに上陸しむごい地上戦となりました。日本人死者は言わずもがな、110万人ものフィリピン人が犠牲になったと言います。

日本の敗戦によりフィリピンはアメリカの植民地に戻りますが、太平洋戦争前にかねてアメリカと約束をしていた通り、1946年7月4日フィリピン第三共和国として独立することになります。

フィリピンがこの6月12日を独立記念日としたのは、その歴史背景的に「自らの手で勝ち取った」という意味合いが強いからかもしれませんね。


今年で123回目となる独立記念日ですが、いまだコロナ禍ということもあり、各所で小さく祭典が行われたようです。来年の今頃には、観光客が自由に往来できるようになっているといいですね。

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